LASIK

「LASIK」とはエキシマレーザーで視力を矯正する手術です。
ウラデカは、2001年2月24日にこの手術を受けました。
その体験記を下記に記します。

2007年3月13日(木) / 手術6年後
6年後検査も特に異常なし。(視力も両眼1.5)
今回の検査代は3000円。時間は約1時間。(うち院長先生との雑談約15分)
散瞳を広げる目薬を点眼しての検査は前回と同様。
どうやらホークス選手御用達になってるようで、高橋(秀)投手、荒川捕手のグッズが飾ってあった。(院長先生の話では4人執刀したらしい)

2006年3月2日(木) / 手術5年後
5年後検査も特に異常なし。(視力も両眼1.5)
今回は検査代3000円(また値上げ?)。時間は約50分。(うち院長先生との雑談約15分)
散瞳を広げる目薬を点眼しての検査は前回と同様。
壁にホークスの山田投手のユニフォームが飾ってあった。
院長先生から当日のホークスvs日ハムの内野自由席2枚をいただいたが、行けませんでした。ごめんなさい。

2005年3月3日(木) / 手術4年後
4年後検査も特に異常なし。(視力も両眼1.5)
今回は検査代2600円(値上げ?)。時間は約40分。
散瞳を広げる目薬を点眼しての検査は前回と同様。
壁にホークスの山田投手とオリックスの戸叶投手の、
この病院での手術体験記が貼ってた。

2004年1月17日(土) / 手術2年11ヶ月後
3年後検査。(2年後検査はすっ飛ばし)
特に異常なし。(院長先生との雑談の時間が一番長かったかも...)
今回も検査代2100円。時間は1時間強。
散瞳を広げる目薬を点眼したので、検査後3時間ほど本も読めず、
ライトもまぶしい状態だった。

2002年12月24日(火) / 手術1年10ヶ月後
1年後検査を10ヶ月遅れで行ってきた。(ほぼ2年後検査やな…)
視力は両眼とも1.5で角膜の状態、眼底検査も異常なし。
ドライアイは相変わらず...
今回は目薬無しで検査代2100円。

2002年10月9日(水) / 手術1年7ヶ月後
住所が変わったので、免許証の変更手続きに行った際に「免許の条件等」に記載されている「眼鏡等」も削除してもらった。
一応、視力測定をされたが、当然ながら全然問題無し。
ホントは手術後すぐに行かないとダメなんだけど面倒だったんで...^_^;)

2001年11月2日(金) / 手術8ヶ月後
半年後検査を約2ヶ月遅れで行ってきた。
視力は両眼とも1.5で角膜の状態も異常なし。
眼の乾燥感は職業病的な要因もあるので完全な対処は難しいとの事。
検査でアレルギーの症状が出てると診断されたが、これは3ヶ月検査と同様。
目薬は乾燥用の「ソフトサンティア」とアレルギー用の「フルメトロン0.1」の2種類を処方された。

2001年9月中旬 / 手術7ヶ月後
LASIKに興味を示していた会社の先輩が検査に行って、私の紹介と言ってくれたので、南青山アイクリニックから紹介の謝礼として、3000円のQUOカードが届いた。ラッキー!
現在の状態は、視力は安定しているが、目の乾燥は気になる。目薬無しでは辛い状況。そろそろ半年検査に行かないと...

2001年7月30日(月) / 手術5ヶ月後
しばらくツーリングしてなかったせいで、この日が初の手術後ツーリングとなった。
コンタクト使用時は、少し走るとすぐに目が充血し、休憩時にはコンタクトを洗うのが必須で、また走行中にゴミが入って涙で前が見えなくなったりしていた。ゴミが入るため、真夏でもメットのシールドは閉じて走っていたが、この日は全く目が充血せずに、シールドも開けて走ることができ、快適に走れた。ただドライアイのせいで、ゴミが入ると涙で流されずに目にしばらくゴミが残るのが少し気になった。

2001年5月26日(土) / 手術3ヶ月後
3ヵ月後検査。内容は1ヵ月後検査と同じで、視力は両眼とも1.5であった。
診断で目に少しアレルギーの症状が見つかった。は小さい頃からアレルギー結膜炎であったため、この手術の影響ではないと思われる。
この対処として、目薬が1種類追加された。(フルオメトロン0.1)
術後ずっと続いている目の乾燥感は時間とともにおさまってきている。

2001年4月12日(木) / 手術7週後
4/4に提出した生命保険から給付金支払いの通知が来た。
予測を見事に覆し、なんと10万円も支給された!(2割還元)
詳細は「手術給付金」(1万円x10倍)との事。
病気による手術ではないため、あまり期待していなかったので、嬉しい結果となった。
眼の調子は、相変わらず乾燥に悩まされている状態。視力は良好。

2001年4月3日(火) / 手術5週後
1ヶ月後検査。3/24で予約していたが、多忙でなかなか行けず、目薬も底をついたので、我慢できずに平日仕事を抜け出して行って来た。
角膜の形状や厚さなどをチェックしてもらった。視力は両眼とも1.2ずつ。
特に問題はないが、乾燥感は続いている。
目薬が「ヒアレイン」から「ソフトサンティア」と「サンコバ」に変わった。前者が乾燥用で、後者が疲れ目用らしい。とりあえず、しばらくは目薬無しでは生活できないだろう。先生の話では3ヶ月続くとの事。
生命保険に提出する診断書も記入してもらった。手数料が5000円かかったが、果たしてそれ以上の給付金が出るのだろうか?

2001年3月10日(土) / 手術2週後
今まで、顔を洗う時にまぶたにちょっとでも触れると痛みを感じていたが、最近あまり気にならなくなってきた。
今日は福岡ドームで野球観戦してきたが、球場内のライトの光が滲んで見えるのが気になった。夜仕事から帰る時の街灯もにじんで見えていたが、今日は特に気になった。
外野にフライがあがるとほとんど見えない。これは事前に説明を受けていたのだが、やはり気にはなる。
相変わらず眼の乾燥は続いており、目薬の携帯は欠かせない。

2001年3月3日(土) / 手術1週後
検査では右目も回復していて、経過は良好。
ただ、もともとドライアイだったので、眼の感想感がひどく、特に右目は、機器測定ができないほど乾燥していた。
たまに右目が見えにくくなるのは、乾燥のせいかもしれないとのこと。
その後、HELLOWEEN(ジャーマンメタル)のライブに行ってきた。
ZeppFukuokaというライブハウスなので、汗が目に入らないように細心の注意を払い、それなりに堪能してきた。
汗は結構かいたが、ハンドタオルでこまめにふいていたので、大丈夫だった。汗のことを考えると、夏に手術を受けなくて良かったと思う。

2001年3月1日(木) / 手術5日後
基本的に違和感は無いが、バイク通勤した後にちょっと眼に違和感を感じることがある。ゴミか排気ガスのせいだと思われる。
コンタクト装着時には、白目が時間と共に充血して、周囲の人からもよく目が赤いと指摘されてたが、今は全く充血しないので、白目がずっと白い事にちょっと感動している。(通常は白くて当たり前なのだが…)
手術後、初めて映画鑑賞した。
事前に説明されてたが、光がにじむような感じがした。
見終わった後は目がかなり乾燥しているように感じた。
映画自体は、コンタクト装着時に比べると楽に見ることができた。

2001年2月28日(水) / 手術4日後
手術を受ける前に、クリニックの方から、生命保険で適用されるかもしれないから問い合わせて見ては?
と聞いてたので、私が契約している保険屋に問い合わせてみた。
最初に電話に出た人は「医療じゃないので難しいですね〜」と言い、後で調べて連絡してもらうように言われた。
数時間後、保険屋から電話があり、「LASIKは対象になるので書類を送ります」とのこと。私も半分ダメだろうと思ってたので、ちょっとビックリ!
実際、お金がでるかどうかは書類で判断するらしいので、支給されるかどうかはまだ不明。

2001年2月25日(日) / 手術1日後
起床して、目の痛みや違和感は無かった。
目薬を点してもしみなかった。
運転も大丈夫そうだったので、バイクでクリニックへ翌日検査を受けに行った。
軽く検査を行い、右が0.9で、左が1.2。目標視力は1.5だったので、担当医からは「右の結果が不満だね」と言われた。
私も右と左で視力が違うので、ちょっと見た感じ変な気分する。
3ヶ月経っても改善されなかったら、対策を考えようとの事。
このまま良くならなかったら再手術になるのかな?

2001年2月24日(土) / 手術当日
帰りが自分で帰れるか不安だったので、友人の車で送迎してもらった。
13:15、南青山アイクリニックに到着。
最初、簡単な検査を行い、手術後の注意点の説明を受ける。
頭と靴にカバーをかぶせられ、顔の消毒、点眼麻酔をされる。
その後手術室へ向かい、手術台の上に横になる。
目の周りにシールみたいのを貼られ、上下のまつ毛もテープみたいなもので固定される。
開眼器をつけられ、まばたきができないようにされる。
手術は、まず右眼から始める。
手術台の上に小さな赤いライトがあり、ずっとそこを見つめ続ける。
まずマイクロケラトーム(かんなみたいな器具)で角膜の表面を削られる。
痛くはないが、ちょっと変な感じ。その後の点眼がちょっとしみた。
削ったフラップ状の角膜をめくられると、赤い光源が点からぼんやりしたものに変化した。
その後、エキシマレーザーにて角膜を削る。光源がぼんやりしてるので、なかなか見つめる場所を固定するのに苦労した。
レーザーが照射中は、バチバチとはじけるような音がし、たんぱく質が焦げる臭いがした。
同じように左眼も行い、手術完了。実際の作業時間は片目2分ずつくらい。
手術中はずっと担当医の人が声をかけてくれるので安心できた。
まだ視界はぼんやりしてるが、遠くの字が見えるので乱視と近視は無くなったと実感できた。
その後、薄暗いリラックスルームで点眼をされ、保護用のサングラスを渡されしばらく安静状態。
麻酔が切れたせいか、ちょっと右眼がしみる感じが続いた。左眼はなんともなかった。
10分くらい経っても症状は改善しなかったけど、我慢できる範囲だったし、今日中に痛みは消えると聞いてたので、翌日の検査の予約を行い、クリニックを後にした。
帰りも友人の車で送ってもらったが、サングラスがないとまぶしくて眼があけてられない状態で、違和感も残っている。
夜になると、違和感もほとんど無くなり、パソコンやテレビを見ても苦にならない状態まで回復したが、視力は完全に回復してないため、新聞は読み辛かった。渡された目薬を点眼すると少ししみる感じがした。

2001年2月17日(土) / 手術7日前
手術前検査。
眼球の表面の形が戻ってるかどうかを検査し、ほぼ元に戻っているため、来週の手術はOKとなる。

2001年1月13日(土) / 手術6週前
手術予約の電話をする。
2/24に決定。

2001年1月6日(土) / 手術7週前
手術を受けることが可能かどうかの検査を受ける。
ハードコンタクトレンズを10年ほど使用しているため、眼球の表面の形(乱視部分)が変化しているらしい。したがって、これを正常に戻すために、約1ヶ月間コンタクトをはずして過ごす必要があると言われる。
この日より手術を受けるまで、久々のメガネ生活を送ることになる。

2001年1月5日(金)
南青山アイクリニックに検査予約の電話をする。

2000年12月下旬
偶然インターネットでLASIKをやっている病院の紹介を目にして、興味を持ったので、さまざまな病院を細かく調べ、南青山アイクリニックに資料請求を行い、数日後に資料が郵送された。

1996年ごろ
学生時代に、雑誌やTVでPRKやLASIKの特集をやっていたので、興味を持ったが、当時は、両目で80万円、視力が悪いとさらに追加料金がかかるため断念。

 


Last Update:2007/03/15 10:56:17